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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)118号 判決

原告

岨幸二

右訴訟代理人弁護士

竹下政行

被告

株式会社駸々堂

右代表者代表取締役

大渕馨

右訴訟代理人弁護士

中筋一朗

益田哲生

為近百合俊

種村泰一

主文

一  原告の主位的請求をいずれも棄却する。

二  原告は、被告に対し、左記の労働条件を内容とする労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

雇用期間 六か月

賃金 時給七三〇円

勤務時間 午前一〇時から午後五時までの間の実働六時間以内

三  被告は、原告に対し、平成六年一月五日から本判決が確定するまでの間、毎月二五日限り一か月九万九三四一円の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の予備的請求を棄却する。

五  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

六  この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  (主位的請求)

1  原告と被告との間において、原告が被告に対し別紙労働条件目録(以下「別紙目録」という。)記載の内容の労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、三六一万二一九七円及びこれに対する平成六年四月一二日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告に対し、平成六年一月一日以降、本判決が確定するまでの間、毎月二五日限り一か月二一万八九二一円の金員を支払え。

二  (予備的請求)

1  原告は、被告に対し、左記の労働条件を内容とする労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

雇用期間 期間の定めなし

賃金 時給七三〇円

勤務時間 午前一〇時から午後五時までの間の実働六時間

2  被告は、原告に対し、平成四年一二月一日から本判決が確定するまでの間、毎月二五日限り一か月九万九三四一円の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結したが、その後、被告が原告に対し、雇用期間を定め、時間給を減額するなど従前の労働条件を変更する新契約を締結したとして、期間満了を理由とする雇用契約の終了を通知したのに対し、原告が、新契約は、錯誤、就業規則及び労働協約違反などの理由で無効であって、旧契約が存続するとした上、右通知による意思表示が、旧契約に関する解雇に当たり、解雇権の濫用や不当労働行為に(ママ)あって、無効であるなどと主張して、主位的に、旧契約に基づき、旧契約の定める労働条件を内容とする労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び旧契約に基づく未払賃金の支払を求め(主位的請求)、仮に、新契約の締結により、旧契約が消滅した場合には、右意思表示が解雇権の濫用法理の類推適用などにより、無効であると主張して、新契約に基づき、新契約の定める労働条件を内容とする労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び新契約に基づく未払賃金の支払を求める(予備的請求)事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  原告は、昭和五八年一一月一六日、被告(当時の商号株式会社駸々堂書店)との間で定時社員としての労働契約(以下「本件旧契約」という。)を締結し、以後、被告奈良大丸店の学習参考書部門担当者として勤務した。

原告は、平成四年一一月末から同年一二月上旬に結成された関西単一労働組合(以下「関単労」という。)に加盟し、同労働組合駸々堂分会を結成した。

2  被告は、平成四年一二月一日、株式会社京都駸々堂書店(以下「京都駸々堂」という。)と合併し、現在の商号に変更したが、その主要な事業内容は、書店における書籍の販売であった(合併の経緯は、弁論の全趣旨により認める。)。

被告の従業員は、駸々堂書店労働組合(以下「書店労組」という。)などの労働組合を組織していたが、書店労組は、平成二年一二月三一日に解散し、消滅した。

3  原告の平成四年七月から一一月までの労働時間、時間給、賃金は、以下のとおりである。

期間 労働時間 時間給 賃金

七月 一九九時間 九五六円 一七万〇二六〇円

八月 一八三・二五時間 九五六円 一七万八八二〇円

九月 一八四時間 九六六円 一八万一四一〇円

一〇月 一六八時間 九六六円 一六万四九二〇円

一一月 一八三・五時間 九六六円 一八万三四三〇円

4  本件旧契約の内容は、平成四年一一月当時、雇用期間の定めがなく、時間給九六六円、休日週一回、年次有給休暇年二〇日とする約定であった。

5(一)  原告は、平成四年一一月中旬ころ、被告奈良大丸店店長小林秀行(以下「小林店長」という。)から、定時社員雇用契約書用紙(以下「本件契約書」という。)、「アルバイトのみなさんへ」と題する書面、「アルバイト、パートの新雇用契約」と題する書面、慰労金の額が記載された書面を交付された。

その際、原告は、小林店長に対し、健康保険のことを尋ねたところ、同人は、それはなくなる旨返答した。

(二)  原告は、同月二四日、小林店長に対し、本件契約書の署名欄に署名押印して提出し、右契約書に基づく労働契約(以下「新社員契約」という。)を締結した。

6  被告は、本件契約書の作成による新社員契約の締結により、原、被告間の労働契約の内容が、以下の内容に変更されたとして(右変更後の労働条件を「新労働条件」、右変更前の労働条件を「旧労働条件」という。)、これを実施した。

(1) 雇用期間 六か月(平成四年一二月一日から平成五年五月三一日まで)

(2) 賃金 時間給七三〇円

(3) 勤務時間 午前一〇時から午後五時まで(実働六時間)

(4) 職務内容 販売及び補助作業とし、レジ担当

7  被告は、新社員契約締結後、原告に対し、新社員契約に基づき以下の賃金を支払った。新社員契約下における原告の平均賃金額は、一か月九万九三四一円であり、支給日は毎月二五日である。

平成四年一二月分 三万九四二二円(月額賃金の計算期間は、前月一一日から当月一〇日までとされているところ、平成四年一一月一一日から同月末までは、旧条件に基づき支給されている。右支給額は、同年一二月一日から同月一〇日までの賃金である。)

平成五年一月分 九万四五三五円

二月分 一一万一三二五円

三月分 九万二一六三円

四月分 一一万一三二五円

五月分 一一万一一四三円

六月分 一〇万八〇四〇円

七月分 一一万二四二〇円

八月分 一〇万八〇四〇円

九月分 八万五七七五円

なお、一〇月分及び一一月分は、原告が、同年九月九日以降欠勤したため、支払がない。

8  原告は、新社員契約が無効であり、新労働条件が、原、被告間の労働契約の内容となっていない旨主張して、被告を相手方として、大阪地方裁判所に対し、右労働契約の内容となる労働条件が別紙目録記載の内容であることを仮に定めることなどを求める地位保全仮処分を申請した(当庁平成五年ヨ第三九九号事件)。

9  被告は、右仮処分事件の継続中である平成五年一二月二日原告に対し、原、被告間の労働契約が(ママ)同年一一月末日をもって終了させる旨を記載した「雇用契約終了のご通知」と題する文書(以下「本件通知」という。)を交付した。

二  原告の主張

(主位的請求)

1 本件旧契約の内容となっていた旧労働条件は、別紙(略、以下同じ)目録記載の内容であるが、勤務時間、休日、年次有給休暇については、原告ら定時社員を対象とする就業規則である定時社員服務規則(以下「旧規則」という。)にも、同様の内容が規定されている。

なお、旧規則においては、定時社員については、賞与を支給しない旨の定めがあったが、賞与は、長年支給されており、賞与支給は、旧契約の内容になっていた。

2 原告の被告に対する本件旧契約に基づく平成四年一二月一日以降の未払賃金債権は、以下のとおりであり、右契約において、賃金は、毎月二五日限り支払う旨約定されていた。

(一) 原告の給与の総支給額(諸手当を含む)は、平成四年七月、二一万一二二二円、同年八月、二一万四〇二五円、同年九月、二二万二六三四円、同年一〇月、二〇万九一一九円、同年一一月、二二万二〇一二円であり、これらの平均賃金額は、月二一万八九二一円である。

(二) 原告が、被告から、平成四年一二月一日以降平成五年一二月末までに支払を受けるべき賃金及び賞与額(三・五月分)は、三六一万二一九七円(二一八九二一×一六・五=三六一二一九七)である。

(三) 原告が、被告から、平成六年一月一日以降支払を受けるべき賃金は、一か月二一万八九二一円を下回らない。

(四) なお、被告は、平成四年一二月一日以降の賃金額は、右の期間、原告が現実に就労した時間数に応じて算定すべきである旨主張するが、右の期間、原告の労働時間が減少したのは、被告が本件旧契約を無視して、違法に原告の右契約に基づく就労を拒否した結果であり、被告の責に帰すべき事由によるものというべきであるので、原告は、右労働時間の減少分についても、賃金支払請求権を失わない(民法五三六条二項)。

原告は、被告に対し、従前の労働時間に基づいて、前記の期間について、未払賃金請求をすることができる。

3 被告は、新社員契約が締結され、本件旧契約が更改により消滅した旨主張するが、新社員契約は、以下のとおり、新労働条件を定める合意が不成立であり、契約自体も無効である。

(一) 原告が、本件契約書に署名した際、本件契約書には具体的な労働条件の記載がなかったのであるから、新社員契約が締結されたとしても、具体的な労働条件について合意があったとはいえない。

(二) 原告は、新社員契約の締結に応じなければ、解雇されたり、退職することになって、被告の従業員たる地位を失うという要素の錯誤があったため、右契約を締結したものであり、被告の小林店長も、原告にこのような錯誤のあることを知っていたのであるから、新社員契約が締結されたとしても、右契約は、要素の錯誤により無効である。

(三) 新社員契約の定める労働条件は、旧規則の定める労働条件を下回る内容であるので、無効である(労働基準法九三条)。

被告は、平成四年一二月一日、旧規則を改定して、新たに定時社員に関する就業規則である定時社員規則(「新規則」という。)を定めた旨主張する。しかし、新規則は、平成五年二月ころまで、被告奈良大丸店において周知されていなかった上、労働者の代表者の意見聴取、監督官庁への届出を欠くので、無効であり、原、被告間の雇用契約に適用はない。

(四) 新社員契約の定める労働条件は、被告と書店労組との間で締結された労働協約に違反するので、無効である。

(1) 被告と書店労組との間で、昭和六一年一一月二六日締結の協定では、実働七時間とする旨、同六三年四月一三日締結の協定では、年休を、勤続一年未満で七日(入社後即発生)、勤続一年で一二日、以後一年毎に一日増え、最高二〇日とする旨、平成三年三月一日締結の協定では、小休憩を一五分とする旨、休日につき、月単位で週休を月二回とする旨各定めた。

(2) 原告の勤務する被告奈良大丸店の従業員の四分の三以上が書店労組に加盟して、右労働協約の適用を受けていた。原告は、定時社員であったとはいえ、労働の実態が他の正社員と同様であったのであるから、労働組合法一七条にいう「同種の労働者」に当たるというべきであり、したがって、右労働協約は、同労組に加盟していなかった原告にも適用されるべきである。

(3) 前記のように、書店労組は、平成二年一二月三一日限り解散により消滅したが、その後も右協約は、原告と被告との間の個別的労働契約の内容となっていた。

4 被告の主張する本件通知による意思表示(以下「本件意思表示」という。)は、旧契約に対する解雇の意思表示と解すべきところ、本件意思表示に基づく解雇(以下「本件解雇」という。)は、解雇事由がなく、違法無効である。

(一) 前記のように、新社員契約が、無効であり、原、被告間において、期間の定めのない本件旧契約が存続する以上、右意思表示は、解雇の意思表示と解すべきである。

(二) 旧規則では、定時社員に対する解雇事由を限定列挙しており、原告に右解雇事由に該当する事由が存在しない。

また、仮に、本件解雇について、新規則が適用されるべきであるとしても、原告は、平成五年一二月初旬には、退院自宅療養となる見込みであり、同六年一月には、従前の職務に復帰して就労することが可能な状態になったのであるから、新規則の定める定時社員の解雇事由である「虚弱疾病のため業務に耐えない事情」は認められない。

(三) 被告は、従前、定時社員について、数カ月にわたる私傷病休暇を認め、療養後現職に復帰させていたのであるから、原告について、私傷病休暇を認めず、直ちに解雇したのは、原告を違法に差別したものであり、労働基準法三条に違反する。

5 本件解雇は、解雇権の濫用に当たり、無効である。

(一) 原告は、本件解雇当時、平成五年一二月初旬には、退院自宅療養となる見込みであり、同六年一月には、従前の職務に復帰して就労することが可能な状態になっていた。

(二) 本件解雇の意思表示は、不意打ちに行われ、その方法、態様において信義に反する。

すなわち、原告は、入院直後から、被告奈良大丸店の管理職に連絡を取り、各診断書が発行される都度、原告所属組合の組合員を介するなどして、被告に提出した。

しかし、被告の管理職は、原告の病状について、全く、質問せず、右病状が原告の職務上の地位に与える影響について何ら説明せず、原告の所属組合とも協議しないまま、本件解雇を強行したものである。

(三) 被告は、従前から、定時社員に対しても、私傷病を理由に欠勤した者に対し、私傷病補償を行うなどして、右欠勤を理由に労働契約を消滅させることをしなかったのであるから、本件解雇は、これらの従前の取扱いとも均衡を失する。

(四) 定時社員と正社員の区別を強調して、右解雇の効力を肯定することは許されない。

すなわち、定時社員と正社員の労働時間、職務内容は同一であり、昼休み、小休憩も定時社員、正社員の別なくローテーションで割り当てられており、その労働実態に差異はなかった。また、定時社員の勤務年数も長く、定時社員から正社員となり、管理職に登用される者もあった。

6 本件解雇は、不当労働行為(労働組合法七条一項)に当たり、無効である。

(一) 被告が、本件解雇により、原告との間の雇用契約を解消した真の理由は、原告が関単労に加入して、分会を結成し、分会長として、団体交渉その他組合活動を行ったため、これを嫌悪したことにある。

(二) 被告は、従来から、被告の従業員が組織する労働組合中、原告の所属する労働組合及び右労働組合と密接な関係を有する駸々堂書店連帯労働組合(以下「連帯労組」という。)を差別的に取り扱っている。

(1) 被告は、他の労働組合との間においては、時間内組合活動休暇を有給で承認する労働協約を締結しながら、右両労働組合に対しては、これを認めないばかりか、労働協約締結のための団体交渉を一切拒否している。

(2) 被告は、両労働組合に対する平成五年、六年の春闘、夏季一時金、秋闘などの団体交渉や回答を意図的に遅らせ、他の労働組合と先に妥結させるなど、誠実な対応をしていない。

(3) 被告の代表取締役谷口及び取締役野村は、連帯労組組合員石原に対し、連帯労組執行委員長東を個人的に誹謗中傷したり、右石原や同労組組合員安大に対し、利益誘導して連帯労組から脱退させようとするなどの不当労働行為を繰り返した。

7 よって、原告は、被告に対し、本件旧契約に基づき、原告が被告に対し、別紙目録記載の労働条件を内容とする労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、未払賃金三六一万二一九七円及びこれに対する弁済期の後である平成六年四月一二日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払並びに平成六年一月一日から本判決が確定するまでの間、毎月二五日限り一か月二一万八九二一円の割合による未払賃金の支払を求める。

(予備的請求)

本件旧契約が、新社員契約の締結により、更改され、消滅したと仮定すると、

1 原、被告が新社員契約の締結により、約定した労働条件は以下のとおりであり、新社員契約における賃金支払日は、毎月二五日とする旨約定されていた。

雇用期間 期間の定めなし

賃金 時給七三〇円

勤務時間 午前一〇時から午後五時までの間の実働六時間

2 新社員契約に基づく原告の平均賃金額は、前記のように一か月九万九三四一円である。

3 被告は、新社員契約が終了した旨主張するが、右主張は、失当であり、右契約は、存続している。

(一) 被告は、本件意思表示が、雇止めの意思表示である旨主張する。しかし、新社員契約が期間の定めのない契約である以上、右意思表示は、解雇の意思表示と解すべきであり、右解雇が、解雇事由がなく、労働基準法三条にも違反し、違法無効であることは、主位的請求4、解雇権の濫用に当たり、無効であることは、同5、不当労働行為に当たり、無効であることは、同6記載のとおりである。

(二) 本件意思表示が雇止めの意思表示であると仮定しても、本件意思表示に基づく雇止め(以下「本件雇止め」という。)が、解雇権の濫用法理の類推適用により、無効であることは、主位的請求5、不当労働行為に当たり、無効であることは、同6記載のとおりである。

4 よって、原告は、被告に対し、新社員契約に基づき、第一の二1記載の労働条件を内容とする労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び平成四年一二月一日から本判決が確定するまでの間、毎月二五日限り一か月九万九三四一円の割合による金員の支払を請求する。

三  被告の主張

(主位的請求)

1 本件旧契約で約定された労働条件中、賃金、賞与、勤務時間に関する約定は、別紙目録記載の内容ではない。とりわけ、賞与については、いかなる意味においても労働条件の内容となったことはなく、その都度、労使が合意に基づき支給額が決定されたものであり、経営状況によっては、前年度を下回る支給額が決定されたり、支給されないこともあり得るもので、原告は、被告に対し、労働契約に基づき、当然に賞与を請求する権利を有するものではない。

2 本件旧契約は、新社員契約の締結により、更改され、消滅したのであるから、原告の本件旧契約に基づく主位的請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

3 原告は、新社員契約が無効である旨主張して、右更改の効力を争うが、右主張は、失当である。

(一) 原告は、本件契約書に署名押印して新社員契約を締結したものであるところ、原、被告は、労働条件について、雇用期間 六か月以内(平成四年一二月一日から平成五年五月三一日)、仕事内容 販売及び補助作業、勤務地被告大丸店、勤務時間 午前一〇時から午後五時まで、原則 実働六時間以内、休憩時間 六〇分(正午を含む前後五時間以上の場合)、休日 毎週指定の曜日、休暇 年次有給休暇(法定付与日数)、時間給 七三〇円、時間外手当 実働八時間を超える残業に対して二五パーセント増し、賞与なし、給与の支払期日 毎月一〇日締め二五日払いとする旨約定した。

(二) 新社員契約締結の際、原告には、要素の錯誤がなく、仮に、原告に何らかの錯誤があったとしても、右錯誤は、動機の錯誤にすぎず、原告は、これを表示したり、小林店長が、これを知っていたこともない。

(三) 新社員契約は、被告の就業規則に違反しない。

(1) 被告は、平成四年一二月一日限り、旧規則を変更して新規則を制定したが、新規則は、労働条件について、新社員契約と同様の内容を定める。

(2) 原告は、新社員契約の締結により、新規則の適用に同意した。

(3) 旧規則の新規則への変更には、合理性が認められるので、右変更は有効である。

すなわち、被告は、過去数年間にわたり、営業損失を計上し、年々その経営が悪化していたが、平成三年二月から同四年一月までの間に約一億六〇〇〇万円の営業損失を発生させ、同年七月、約二億円の資金不足に陥り、銀行に対し、融資を求めた。その際、銀行から、経営体質の改善のため、人件費の圧縮を求められ、被告もこれを承諾した結果、融資が実現し、右経営危機は、当面回避されたものである。そこで、被告は、定時社員を含む従業員の雇用を確保したまま、人件費を圧縮するため、旧規則を改定して、新規則を定めたものであり、このような経緯に照らせば、新規則の制定は、雇用を確保したまま企業を在続するため、やむを得ない措置であったというべきである。

その上、新規則の内容は、同年一二月一日付けで合併する京都駸々堂の定時社員規則が、定時社員との間の雇用契約について、雇用期間を定め、定時社員の時給額を六六〇円と定めていることを参考にして、定められたものである上、被告は、新社員契約の締結による定時社員の損失を補填する代替措置として、慰労金の支払も約しているので、旧規則から新規則への変更は、就業規則の変更として、合理性が認められる。

(4) 新規則は、平成四年一〇月二九日の各労働組合との間の団体交渉において、各労働組合に対して、提示され、被告奈良大丸店においても、遅くとも、同年一一月終わりころまでに、事務室兼休憩室に備え置いて、従業員に対し、周知されている。

また、原告の主張する労働者の代表者への意見聴取、監督官庁への届出は、就業規則について、労働基準法九三条所定の効力を発生させる要件ではなく、新規則が、同条所定の効力に欠けることはない。

(5) したがって、新社員契約に適用される就業規則は、新規則であるので、右契約に就業規則違反のないことが明らかである。

(四) 原告の主張する被告と書店労組との間の労働協約は、正社員に関する労働協約である。原告は、定時社員であって、その賃金体系、勤務時間、業務内容、職制が、正社員とは、異なるのであるから、原告は、労働組合法一七条所定の「同種の労働者」ということはできない。よって、右協約が、原告に適用されないことは明らかである。

その上、書店労組は、平成二年一二月三一日をもって、解散により消滅したのであるから、右労働協約の効力も同日をもって消滅したものと解すべきである。

(五) 新社員契約締結の際、小林店長など被告の社員が、原告を強迫した事実はない。

4 本件旧契約に基づく未払賃金額に関する原告の主張は、争う。

(一) 原、被告間の労働契約は、賞与を支払う旨の約定がないので、賞与相当額の支払を求める原告の請求は、失当である。

(二) 原告の給与は、時間給とする約定であるので、原告が現実に就労した時間を基礎に賃金額を算定すべきであり、原告が病気のため就労できなかった平成五年九月九日から一一月末までの賃金を請求することはできない。

(予備的請求)

1 本件新契約は、雇用期間を六か月と約定したものであったところ、本件雇止めにより、平成五年一一月三〇日限り消滅した。

2 被(ママ)告は、本件雇止めが無効である旨主張するが、右主張は失当である。

(一) 原告は、本件雇止めが解雇権の濫用法理の類推適用により、無効である旨主張するが、本件雇止めは、原告が三か月近く欠勤したことを理由にされたものであり、新規則が、定時社員との間の雇用契約の終了事由として、「雇用契約期間が満了した場合」のほか(六条一号)、「二週間以上にわたる長期欠勤の際」を定め、解雇事由として、「虚弱疾病のため業務に耐えられないとき」(八条一号)と定めていることに対比しても、解雇権濫用法理の類推適用により、本件雇止めが無効になると解する余地はない。

(二) 原告主張のように、本件意思表示が、解雇と解する余地があったとしても、右解雇は有効である。

すなわち、原告に旧規則所定の解雇事由がないとしても、旧規則は、民法六二七条による解雇を否定するものではないと解すべきところ、定時社員は、正社員に比較すると、採用手続が極めて簡易であり、採用後も特別の教育、研修がされない上、労働条件、業務内容、職制上も違いがあるので、三か月近くの欠勤を理由にされた右解雇が、解雇権の濫用に当たると解する余地はない。

(三) 本件雇止めは、原告の三か月近くの欠勤を理由にされたものであり、不当労働行為意思に基づくものではなく、不当労働行為に当たらない。

四  主たる争点

(主位的請求)

1 新社員契約の約定内容と労働条件に関する合意成立の有無

2 新社員契約締結の際の要素の錯誤の有無

3 新社員契約締結の際の強迫の有無

4 新社員契約の就業規則違反の有無

5 新社員契約の労働協約違反の有無

6 本件解雇の解雇事由の存否

7 本件解雇が解雇権の濫用に当たるか

8 本件解雇の労働基準法三条違反の有無

9 本件解雇が不当労働行為に当たるか

10 未払賃金額

(予備的請求)

1 本件雇止めが解雇権の濫用法理の類推適用により無効となるか否か

2 本件雇止めが不当労働行為に当たるか

3 未払賃金額

五  証拠

記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三争点に対する判断

一  主位的請求について

1  主たる争点1(新社員契約の約定内容と労働条件に関する合意締結の有無)について

(一) 当事者間に争いのない事実に証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和五八年一一月一六日、被告(当時の商号株式会社駸々堂書店)との間で、定時社員として雇用される本件旧契約を締結し、以後、被告奈良大丸店に勤務し、同店の学習参考書部門を担当した。

原、被告が、本件旧契約で約定した労働条件は、平成四年九月当時、時給九六六円(以後三か月毎に一〇円昇給)、賞与は支給しない、勤務時間は午前九時から午後五時まで及び午後五時から閉店までとするほか(〈証拠略〉)、別紙目録一、五、六記載の内容である。

(2) 正社員と定時社員は、正社員が、原則として新規学卒者を対象として入社試験を実施し、役員会で採否を決定するのに対し、定時社員は、中途採用を原則として、各店長が採否を決定する、正社員が、月給制であるのに対し、定時社員は、時間給制である、正社員には、退職金の支給があるが、定時社員には支給されない、正社員には、異動が行われるが、定時社員には、原則として行われない、正社員が、六〇歳を定年と定められているのに対し、定時社員は、定年の定めがない、正社員の勤務時間は、就業規則により一律に定められているのに、定時社員の勤務時間は、個別契約により定められるなど労働条件、職制上の差異が設けられている。

しかし、原告の場合、原告が被告奈良大丸店で担当する仕事の種類や内容において、同店に勤務し、被告との間で、期間の定めのない雇用契約を締結している正社員と差異がなかった。

(3) 被告は、書籍の販売を主要な業務とする会社であるが、過去数年間にわたり、営業損失を計上し、年々その経営が悪化していたが、平成三年二月から同四年一月までの間に約一億六〇〇〇万円の営業損失を発生させ、同年七月には、約二億円の資金不足となった。

被告は、銀行に対し、融資を求めたが、その際、銀行から、経営体質の改善のため、人件費の圧縮を求められ、被告もこれを承諾した結果、融資が実現し、右経営危機は、当面回避され、同年一二月一日、京都駸々堂と合併した。

(4) 被告は、合併前、売上総利益に対する人件費の割合が、七〇パーセントを超えており、全国の書店における右割合の平均が約五一パーセントであること(〈証拠略〉)に比較して、著しく高いことに加えて、右銀行の融資条件にかんがみ、右人件費の圧縮を実現する方策を検討した。そして、定時社員を含む従業員の雇用を確保するため、希望退職の募集や整理解雇を避け、役員について、報酬を社長五〇パーセント、役員全体で三〇パーセントをカットする、管理職について、一般社員にさきがけて改定後の労働条件を適用し、社会保険料の負担割合、家族手当額を不利な内容に変更する、賞与を一般社員を含めて従来より低い水準とするという方針を決定して、実施し、一般社員については、労働条件の改定を労働組合に申し入れ、交渉を行った。

また、定時社員の労働条件についても、各個人から同意を得て改定する方針を決定した。

そして、合併相手である京都駸々堂が、定時社員規則により、定時社員について、雇用期間 一年以内の期間を定める、勤務時間 原則として六時間以内、休憩時間 六〇分(正午を含む前後五時間以上の場合)、休日 毎週指定の曜日、休暇 法定の有給休暇を付与する、時間給 六六〇円とする旨を定めていたこと(〈証拠略〉)に準じて、7の内容の新社員契約の内容を決定し、旧規則も、同年一二月一日をもって改定し、新規則を制定した。

(5) 被告奈良大丸店小林店長は、被告のこのような方針に基づき、同年一一月一八日、原告に対し、本件契約書の用紙(〈証拠略〉)、新社員契約を締結するに至った経緯を説明する「アルバイトのみなさんへ」と題する書面(〈証拠略〉)、新社員契約における労働条件の内容を説明する「アルバイト、パートの新雇用契約」と題する書面(〈証拠略〉)、新社員契約を締結した者に対して同年一二月二一日限り支払われる慰労金の額(原告の場合、六〇万円)が記載された書面(〈証拠略〉)を交付し、「一二月一日から新しい会社になるから、そのときのことが書いてあるから、いっぺん読んどいて、わからないことがあったら、質問して下さい。」と言ったが、原告は、何も質問しなかった。

(6) 原告は、二日後の同月二〇日、奈良三条店にいた小林店長を訪ね、健康保険について質問した。同人は、被告の本部から送られた健康保険等の説明文書を原告に示しながら説明した。その際、原告は、小林店長に対し、「慰労金は、いつまで勤めれば、もらえるのか」「今後のボーナスは、どうなるのか」と質問し、同人は、「一一月三〇日まで勤めればもらえます。」「ボーナスは、従来どおり、一一月一五日在籍者に出ます」と答えた。同人は、その後、原告に対し「何かほかにわからない点はありませんか。」と尋ねたが、原告は、「別にありません。」と答えた。

(7) 小林店長は、同月二四日、原告に対し、「岨君、どうするんですか。」と尋ねたところ、原告は、「あれ書いて渡します。」と答え、本件契約書に署名押印して提出する意向を示した。小林店長は、原告の右発言を受けて「そうした方がいい。後のことはこれから考えたらいいんじゃないか。」と述べた。

その後、原告は、小林店長に対し、本件契約書の署名欄に署名押印して提出し(〈証拠略〉)、右契約書に基づく新社員契約を締結して、本件旧契約を更改した。原、被告は、右新社員契約において、労働条件として、雇用期間六か月(平成四年一二月一日から平成五年五月三一日)、仕事内容 販売及び補助作業、勤務地 被告奈良大丸店、勤務時間 午前一〇時から午後五時までの実働六時間以内、休憩時間 六〇分(正午を含む前後五時間以上の場合)、休日 毎週指定の曜日、休暇年次有給休暇(法定付与日数)、時間給 七三〇円、時間外手当 実働八時間を超える残業に対して二五パーセント増し、賞与 なし、通勤交通費 毎月一万円以内の実費払い(勤務日数一六日未満の勤務者の日割限度額は、四〇〇円以内)、支払期日 毎月一〇日締め二五日払いとする、その他の労働条件については、新規則の定めるところによる旨約定した。

(二)(1) 原告は、原告が本件契約書に署名した際、本件契約書には具体的な労働条件の記載がなかったのであるから、新社員契約が締結されたとしても、具体的な労働条件について合意があったとはいえないし、新社員契約において、雇用期間の定めのない旨が約定された旨を主張し、これに沿うかのような供述をする。

(2) しかし、原告自身、本件契約書に署名押印する前に、小林店長から、本件契約書用紙と共に、「アルバイト・パートの新雇用契約」と題する書面(〈証拠略〉)を交付されたことを認めるところ、右書面には、「新会社としての経営形態の変更に伴い、従来のアルバイト・パートの雇用契約に代わり、新しい定時社員契約に変更いたします。」という記載がある上、「定時社員雇用契約」との表題の下に(一)(7)の労働条件が明記されていること、原告自身、雇用契約書に署名して出せば、一二月一日以降労働条件が不利益に変更されることが分かっており(〈証拠略〉)、時間給が七三〇円になること、雇用期間が六か月となること、実労働六時間となることも分かっていた旨供述すること(〈人証略〉)及び証拠(〈証拠・人証略〉)に照らすと、(1)の証拠をもって、右認定を覆すには足りず、ほかにこれを左右するに足りる証拠はない。

2  主たる争点2(新社員契約締結の際の要素の錯誤の有無)について

(一) 原告は、新社員契約の締結に応じなければ、解雇されたり、退職することになって、被告の従業員たる地位を失うという要素の錯誤があったため、右契約の締結に応じたものであり、小林店長も、原告にこのような錯誤のあることを知っていたのであるから、新社員契約は、要素の錯誤により、無効である旨主張し、右主張に沿うかのような供述をする。

(二) しかし、原告の主張する錯誤は、いわゆる動機の錯誤に当たるのであるから、原告が右錯誤に基づいて新社員契約を締結する旨の意思表示をした場合であっても、原告が、これを表示して右契約の内容となったときに限り、要素の錯誤として、右契約の無効原因たり得るものと解すべきである。

そして、新社員契約締結の際、小林店長は、原告に対し、本件契約書の用紙(〈証拠略〉)のほか、新社員契約締結に至る経緯を説明した「アルバイトのみなさんへ」と題する書面(〈証拠略〉)、右契約における労働条件の内容を詳細に記載した「アルバイト、パートの新雇用契約」と題する書面(〈証拠略〉)、慰労金の額を記載した書面(〈証拠略〉)を交付したことは、前判示のとおりであるところ、右各書面には、被告の定時社員が、新社員契約の締結に応じない場合、被告が当該社員を解雇したり、従来の雇用契約が終了する旨の記載は全くなく、「アルバイトのみなさんへ」と題する書面(〈証拠略〉)に記載された文面も、被告が、定時社員に対し、京都駸々堂と合併後、新たな労働条件で就労する旨を求めるものであると読むのが自然であること、原告は、小林店長から、新社員契約を締結しないと、被告が原告を解雇したり、本件旧契約に基づく雇用関係が消滅する旨の説明を受けていないこと、原告が、被告に対し、健康保険上の処理などについては質問しているものの、右の点について、質問をしたことがないことをいずれも認める供述をすること、原告は、平成四年一一月中旬に本件契約書用紙を交付された後、同月二四日になって、これに署名押印したものであり、この間、被告から特別の説得や働きかけを受けたものではなく、十分な検討期間を経た後に、本件契約書に署名押印したことは、前判示のとおりである上、証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、原告が加盟した関単労は、原告と同じ定時社員である高城冨枝に対し、新社員契約の締結を拒否して、従来の労働契約に基づき就労するように助言し、同人も、これに従って、新社員契約の締結を拒否し、従来の労働契約に基づき就労しているなど定時社員の中には、新社員契約の締結を拒否し、旧来の労働契約に基づき雇用関係を継続している者のあることが認められる上、新社員契約を締結した多数の定時社員中、原告以外に、右契約に要素の錯誤があるとして、その効力を争っている者があるとは認めるに足りないこと、前判示のとおり、小林店長が、同月二四日、原告に対し、「後のことは、これから考えたらいいんじゃないか」と発言したことがあるとはいえ、右発言は、原告が小林店長に対し、「あれ書いて渡します。」と言って、新社員契約の締結を承諾する意思表示をした後にされたものである上、右発言内容自体も、前判示の点に照らすと、これをもって、原告にその主張する錯誤があったり、小林店長がこれを知っていたとまで認定するに足りるとはいえないこと、以上の諸事情を総合勘案すると、新社員契約締結に至る経緯の中で、原告がその主張する錯誤に陥ったり、これを小林店長に表示したり、小林店長がこれを知っていたとは到底認めることはできない。

のみならず、新社員契約の内容は、雇用契約の期間を六か月とする上、原告の賃金を時給九六六円から七三〇円に約二五パーセント切り下げるものであったとはいえ、他方、前判示のとおり、その内容は、同年一二月一日付けで合併する京都駸々堂の定時社員規則が雇用期間を定め、定時社員の時給額を六六〇円と定めていたことを参考に定められたものであり、時給額を京都駸々堂の定時社員規則より一五パーセント増額して定めたものである上、被告は、原告が新社員契約を締結した場合、六〇万円の慰労金を支払う旨約しており、右慰労金額は、新社員契約により予想される原告の毎月の給与の減額分四万五〇〇〇円から四万円(当時の原告の毎月の給与額一八万円と一六万円の二五パーセント相当額)の一三か月分から一五か月分に相当する額であり、新社員契約の締結による原告の損失を相当程度補填するものであること、新社員契約の締結は、被告が、資金繰りに窮した結果、定時社員を含む従業員の雇用を確保しつつ、人件費の圧縮をするために求めたものであって、その経営の必要上、不合理なものであるとは認めるに足りず、原告が、小林店長に対し、新社員契約の労働条件が、従前のものを低下させるものであることについて、質問をしていない上、多数の定時社員が、新社員契約の締結に応じたことに照らすと、原告が、被告の経営が困難な状況にあることを全く知らなかったとは認めるに足りないこと、以上の点にかんがみると、慰労金の支払を含む新社員契約の内容は、原告が、その主張する錯誤なしには、締結を承諾することが考えられないほど不合理な内容であるとはいうことができない。

以上の点を総合すると、(一)の証拠をもって、原告が、新社員契約の締結に応じなければ、解雇されたり、退職することになり、被告の従業員たる地位を失うと誤信した錯誤に基づき新社員契約を締結する旨の意思表示をしたことは認めるに足りないし、仮に、原告が、右錯誤に基づいて右意思表示をしたことが認められるとしても、原告が、小林店長に対し、これを表示したこと及び同人が原告に右錯誤のあることを知っていたとは認めることはできず、ほかにこれを認めるに足りる証拠はない。

(三) したがって、原告の右主張は、採用できない。

3  主たる争点3(新社員契約締結の際の強迫の有無)について

(一) 原告は、新社員契約が被告の強迫により締結されたものである旨主張するが、1(一)認定の経緯に照らせば、本件全証拠によっても、小林店長又は被告の従業員が原告を強迫したことを認めることは、認めるに足りない。

(二) したがって、原告の右主張は、採用できない。

4  主たる争点4(新社員契約の就業規則違反の有無)について

(一) 原告は、新社員契約が被告の定時社員に関する就業規則である旧規則(〈証拠略〉)の定める労働条件を下回る内容の約定をするものであるので、労働基準法九三条により、無効である旨主張する。

(二) しかし、新社員契約は、平成四年一二月一日から効力を生ずるものであること、被告は、京都駸々堂と合併することに伴い、同日から定時社員について適用される就業規則である旧規則を新規則(〈証拠略〉)に変更したこと、原告は、被告と新社員契約を締結し、右契約において、右契約で約定した以外の事項については、新規則の定めるところによる旨を約定したことは前判示のとおりであり、証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によれば、右契約の約定した労働条件は、新規則の定める労働条件と同じ内容であることが認められるのであるから、原告は、新社員契約を締結したことで、新規則を、原、被告間の労働契約に適用することに同意したものというべきである。

したがって、新規則と同旨の労働条件を約定した新社員契約が、就業規則に違反するということはできない。

(三) のみならず、新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないとはいえ、労働条件の集合的な処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該就業規則が合理的なものである限り、個々の労働者においてこれに同意しないことを原因として、その適用を拒否することは許されないと解すべきところ(最高裁昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)、前判示の事実によれば、被告は、過去数年間にわたり、営業損失を計上し、年々その経営が悪化していたが、平成三年二月から同四年一月までの間に約一億六〇〇〇万円の営業損失を発生させ、同年七月には、約二億円の資金不足に陥り、銀行に対し、融資を求めたが、その際、銀行から、経営体質の改善のため、人件費の圧縮を求められ、被告もこれを承認した結果、融資が実現し、右経営危機は、当面回避されたものであり、定時社員を含む従業員の雇用を確保したまま、人件費を圧縮するため、新たな就業規則として、新規則を定めたものであって、この経緯には、雇用を確保したまま企業を存続するため、やむを得ない事情のあることが認められること、新規則の内容は、同年一二月一日に合併する京都駸々堂の定時社員規則が、雇用期間を定め、定時社員の時給額を六六〇円と定めていることを参考に定められたものであり、時給額を京都駸々堂の定時社員規則より一五パーセント増額して定めたものであること、被告は、新社員契約の締結による定時社員の損失を補填する代替措置として、慰労金の支払を約したところ、原告の場合、右慰労金額は、六〇万円であって、新社員契約の締結の結果予想される賃金減額分の一三か月分から一五か月分に相当する額であり、新社員契約の締結により定時社員の受ける不利益を相当程度補填するに足りる金額であることが認められ、右の事実によれば、旧規則から新規則への変更は、就業規則の変更としての合理性が認められるものと解するのが相当である。

以上によれば、原、被告間の新社員契約について、いずれにしても、新規則が適用されるものと解すべきであるので、新社員契約が就業規則に違反するということはできない。

(四) 原告は、新規則が、平成五年二月ころまで、被告奈良大丸店において周知されていなかった上、労働者の代表者の意見聴取、監督官庁への届出を欠くので、無効である旨主張するようであるが、証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、新規則は、平成四年一〇月二九日の各労働組合との間の団体交渉において提示され(〈証拠略〉)、被告は、奈良大丸店において、平成四年一一月終わりころまでには事務室兼休憩室に備え置いて、従業員に対し周知させたことが認められる。

そして、原告の主張する労働者の代表者への意見聴取、監督官庁への届出は、就業規則について、労働基準法九三条所定の効力を発生させる要件に当たるものではないと解するのが相当である。

したがって、原告の右主張は、採用できない。

(五) 以上によれば、新社員契約の内容は、就業規則に違反する旨の原告の主張は採用できない。

5  主たる争点5(新社員契約の労働協約違反の有無)について

(一) 原告は、新社員契約の定める労働条件は、被告と書店労組との間で締結された労働協約に違反するので、無効である旨主張する。

(二) しかし、労働協約を締結した労働組合が消滅した場合、右労働協約の効力も、その時に消滅すると解すべきところ、書店労組は、平成二年一二月三一日限り解散し、消滅したことは前判示のとおりであるので、原告主張の労働協約も、同日限り消滅したものと解すべきである。

(三) 原告は、書店労組が消滅した後も、右労働協約の内容が、原、被告間の個別労働契約の内容として存続した旨主張するようであるが、本件全証拠によっても、これを認めることはできない。

(四) したがって、その余の点を判断するまでもなく、原告の右主張は採用できない。

(五) 以上のほか、新社員契約について、無効、取消原因があることを認めるに足りる証拠はない。

6(本件旧契約の消滅について)

以上によれば、原、被告間で、1=7判示の内容の新社員契約が締結され、右契約の締結により、被告の原告に対する本件旧契約に基づく債務は、更改され、消滅したものと認められる(民法五一三条)。

したがって、原告の本件旧契約に基づく主位的請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がない。

二  予備的請求について

1  主たる争点1(本件雇止めが解雇権の濫用の法理の類推適用により無効となるか否か)について

(一) 前判示の事実に証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(1)(本件雇止めに至る経緯)

ア 原、被告間の新社員契約は、平成五年五月三一日にその期間が満了したが、被告は、原告との間で、新たな契約書の作成など格別の手続をすることもなく、同日右契約を更新し、原告との間で、その契約期間を、同年六月一日から同年一一月三〇日までと約定した。

イ 原告は、平成五年九月九日、欠勤して、医療法人岡谷会岡谷病院に(以下「岡谷病院」という。)へ緊急入院し、その後、奈良県立奈良病院(以下「奈良病院」という。)に転院したが、当初、心不全、その後、心筋炎後心筋症と診断され(〈証拠略〉)、同年一一月三〇日まで、被告を欠勤した。

ウ 原告は、被告に対し、同年九月一七日、岡谷病院野村医師作成の同月一六日付け診断書(〈証拠略〉)を提出し、右診断書には、「病名 心不全」「同年九月九日より同月二五日まで安静加療を要するものと認めます」との記載があり、同年九月二八日、同医師作成の同月二七日付け診断書(〈証拠略〉)を提出し、右診断書には、「病名 心不全(現在、心不全は改善してきているが、その原因について、更に精査を要する)」「同年九月二六日より同年一〇月三一日まで安静加療を要するものと認めます」との記載があった。

エ 原告の上司である被告奈良大丸店店長辻(以下「辻店長」という。)は、同年一〇月七日、原告を見舞った。被告は、同年一〇月上旬、谷口副社長、上田専務、酒井文吉総務部長(以下「酒井部長」という。)が、前記の各診断書と辻店長の報告を踏まえて、原告の処遇を検討したが、新社員契約の期間が満了する同年一一月三〇日の時点において復職が可能な健康状態になれば、新社員契約を更新して、継続する方針を決めた(〈人証略〉)。

オ 原告は、被告に対し、奈良病院医師作成の同年一一月一日付け診断書(〈証拠略〉)を提出し、右診断書には、「病名 心筋炎後心筋症」「向後一か月間の入院加療を要する」との記載があった。

酒井部長は、同月五日、辻店長とともに原告を見舞ったが、原告に対し、前記の方針を伝えなかった。

カ 同年一一月末も近づいたころ、被告においては、再び、谷口副社長、上田専務、酒伊(ママ)部長で原告の処遇を検討したが、前記の方針どおりに対処する旨決定した。

なお、被告は、原告から同年一一月一日付け診断書が提出された後、同月三〇日までの間、新たな診断書の提出を求めたり、原告に対し、原告の処遇上必要な資料であることを明示した上、その健康状態や就労可能性について、質問していない。

キ 原告は、同年一一月三〇日当時、症状も軽快し、同年一二月二日、退院して約一か月の自宅療養後、平成六年一月には就労可能な状態となる見込みであると奈良病院医師により診断をされていた(〈証拠略〉)。

ク 酒井部長は、平成五年一一月三〇日、辻店長とともに原告が入院する奈良病院を訪問し、原告に対し、新社員契約を同日限り、期間満了により終了させる旨告知し、その旨を記載した「雇用契約終了のご通知」と題する書面(〈証拠略〉)を交付しようとしたが、原告から受領を拒まれた。

酒井部長は、同日、原告や原告の主治医から原告の病状、就労の可能性の有無を確かめていないし、被告は、同日までの間、提出済みの診断書に基づき、原告の復職可能性について、医師の専門的意見を求めたこともない。

ケ 酒井部長は、同年一一月三〇日限り、新社員契約が期間満了により消滅した旨の記載した本件通知を発し、右通知は、同年一二月一日、原告に到達した。

コ 原告は、同月二日、同病院を退院し、自宅療養の後、平成六年一月五日、被告に対し、被告奈良大丸店を訪れて就労を求めたが、被告は、本件雇止めにより新社員契約が終了したとして、これを拒否した。原告の健康状態は、この時、就労可能な程度に回復していた。

(2)(従来の定時社員の長期病欠に対する取扱い)

ア 被告は、書店労組との間で、昭和六一年六月一六日、私傷病により長期欠勤した正社員についても、六か月間の休職期間を認め、その間の月例賃金(平均賃金)及び一時金を全額補償する旨、昭和五四年一一月一五日(昭和六二年六月一六日改定)、私傷病補償として、勤続一年未満の者について、六〇日間、勤続一年以上の者について一二〇日間、三か月の平均賃金の四〇パーセントの額を病気見舞金として支給する旨の各労働協約を締結した(〈証拠略〉)。

イ 被告は、同組合に所属する正社員に限らず、同組合に所属しない定時社員を含む全従業員について、アの休職と私傷病補償を適用する取扱いをしていた。

ウ 被告の定時社員である谷丸が、昭和六一年に三か月間、同室が、平成元年に約二〇日間、同片桐が、平成二年に約五〇日間、いずれも、私傷病により欠勤して、私傷病補償を取得したが、この欠勤を理由として、雇用契約を終了されていない。

エ 被告本部に勤務する定時社員林律子が平成三年一二月から平成四年一月ころまで約一か月間欠勤したが、同人に対しこれを理由とする雇止めをしたことはない。

オ 被告の定時社員が病気により、長期欠勤する例があったが、これを理由に雇用契約を終了させた例は、本件以外に存在しない。

(3)(就業規則)

新規則は、「雇用契約期間が満了した場合」のほか(六条一号)、「二週間以上にわたる長期欠勤の際」、雇用契約が終了する旨、「虚弱疾病のため業務に耐えられないとき」(八条一号)は、解雇する旨定める。

(4)(被告の定時社員の新規募集について)

被告は、定時社員を新規募集する際、募集広告(〈証拠略〉)に「契約期間は六か月以内。もちろん希望者は更新できます。」と記載した。

(二) 右認定の事実によれば、被告は、原告に対し、新社員契約を、期間の満了する平成五年一一月三〇日限り更新せずに終了させるいわゆる雇止めをする旨の意思表示をしたことが認められるところ、前判示の事実によれば、被告奈良大丸店における原告の仕事の種類内容が、同店に勤務する期間の定めのない雇用契約を締結した正社員と差異がないこと、被告は、平成五年五月三一日の一回目の期間満了の際、原告との間で、再度契約書を作成するなど格別の手続をすることなく、従前と同一契約内容で、更新した上、同年一一月三〇日の二度目の期間満了の際も、原告が復職可能な健康状態になれば、右契約を更新して、継続するという方針であったこと、被告は、定時社員を新規募集する際、募集広告(〈証拠略〉)に「契約期間は六か月以内。もちろん希望者は更新できます。」と記載し、定時社員が希望すれば、当然に新社員契約が更新される旨を明らかにして、定時社員の新規募集をしていたこと、原告以外に二回の更新により雇止めされた例のあることを認めるに足りる証拠がないこと、原告は、期間の定めのある新社員契約を締結するまで、九年以上の間、期間の定めのない雇用契約に基づき雇用されていたことに前判示の事実を考え合わせると、新社員契約は、六か月という期間が約定されているとはいえ、原、被告とも、労働力の過剰による経営上の必要などその契約を終了させるべき事由が発生しない限り、右契約が継続することを予定していたものであり、当事者双方とも、いずれかから格別の意思表示がなければ、当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったものと解するのが相当である。

したがって、このような新社員契約を終了させる被告の右雇止めの意思表示は、解雇の意思表示たる実質を有するものとして、その効力の判断に当たっては、解雇に関する法理を類推適用すべきである(最高裁昭和四九年七月二二日第一小法廷判決・民集二八巻五号九二七頁参照)。そして、右雇止めについては、当該具体的な事情の下で、新社員契約を終了させることが著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認することができないときは、右意思表示は、権利の濫用として、右契約を終了させる効果を有するものではなく、右契約は、同一の内容で更新されたものと解するのが相当である。

(三) 以上の見地から、被告による本件雇止めの効力を判断する。

(1) 前判示の事実によれば、原告は、平成五年九月九日から同年一一月三〇日まで、心不全、心筋炎後心筋症で入院して欠勤したこと、新規則は、「二週間以上にわたる長期欠勤の際」、定時社員との間の雇用契約が終了する旨、「虚弱疾病のため業務に耐えられないとき」(八条一号)は、定時社員を解雇する旨定めていることが認められる。

(2) しかし、前判示のように、新社員契約は、六か月という期間が約定されているとはいえ、原、被告とも、労働力の過剰による経営上の必要などその契約を終了させるべき事由が発生しない限り、右契約が継続することを予定していたものであり、被告は、定時社員を新規募集する際も、募集広告に「契約期間は六か月以内。もちろん希望者は更新できます。」と記載し、定時社員が希望すれば、当然に新社員契約が更新される旨を明らかにして、定時社員の新規募集をしていた上、従来、被告は、書店労組との間で、私傷病により長期欠勤した正社員について、六か月間の休職期間を認め、その間の月例賃金(平均賃金)及び一時金を全額補償したほか、私傷病補償として、勤続一年未満の者について、六〇日間、勤続一年以上の者について一二〇日間、三か月の平均賃金の四〇パーセントの額を病気見舞いとして支給する旨の各労働協約を締結し、これを、同組合に所属する正社員に限らず、全定時社員について、適用する取扱いをしており、平成二年一二月三一日、書店労組が解散して、消滅し、右労働協約が失効した後も、私傷病で長期欠勤した定時社員について、解雇又は雇止めにより、その者との間の雇用契約を消滅させた例がないこと、このような取扱いが、新社員契約の締結と新規則の制定により、二週間以上の長期欠勤がある場合、それが私傷病によるものであるときも、解雇又は雇止めにより、雇用契約が消滅する旨に変更されるとすれば、たとえ、この変更が合理的かつ適法なものであるとしても、傷病による就労不能という極めて困難の(ママ)状況下における原告の雇用契約上の地位が著しく不利益に変更されることになるのであるから、その旨の十分な説明がされるのが、法の趣旨に照らして、望ましいものと解すべきところ、新社員契約の締結と旧規則が新規則に改定された際、被告は、原告に対し、私傷病による欠勤の取扱いについて、格別の説明をしておらず、被告が原告に交付した文書中にも、これに関する説明はないことが認められ、以上の経緯に照らせば、原告が二週間以上の欠勤をしたとしても、それが私傷病によるものであるときは、直ちに解雇又は雇止めにより、雇用契約が消滅させられることはないと考えても、無理からぬ事情があったものと認められる。

そして、前判示のように、原告は、新社員契約の期間の満了日である平成五年一一月三〇日当時、症状も軽快し、その後、同年一二月二日、退院して約一か月の自宅療養後、平成六年一月五日には就労可能な状態にまで回復していた上、被告は、新社員契約の期間満了時である同年一一月三〇日の時点において、原告が復職可能な健康状態にあるか否かにより、新社員契約を更新をするか否かを決定する方針を採用していたにもかかわらず、原告から同年一一月一日付け診断書が提出された後、同月三〇日までの間、原告又は原告の主治医に対し、新たな診断書の提出を求めたり、会社の処遇上必要な資料であることを示して、その病状や就労可能性について、質問し、就労の可能性の有無を確かめたり、提出済みの診断書に基づき、原告の就労可能性について、医師の専門的意見を求めるなどして、原告が被告の業務に耐えられない状態にあるか否かを検討することなく、新社員契約の期間満了と同時に本件雇止めをしたものであり、以上判示の点に照らすと、本件雇止めにより、新社員契約を終了させることは、(一)の新規則の各規定の存在を考慮したとしても、原告にとって過酷であるといわざるを得ず、著しく不合理であって、社会通念上相当なものとして是認することができないものというべきである。

したがって、右意思表示は、その余の争点について判断するまでもなく、権利の濫用として無効となり、右意思表示によっても、新社員契約は、終了せず、右契約は、同年一一月三〇日限り、同一の約定内容で更新されたものと解するのが相当である。

(四) 以上のように、新社員契約は、当事者のいずれか一方から格別の意思表示がなければ、当然更新されるべき労働契約であったものと認められるところ、その後、新社員契約について終了事由があった旨の主張立証はない。

したがって、原、被告間の新社員契約は、その後消滅することなく、期間の満了毎に更新され、現在に至ったものと認められる。

2  主たる争点3(未払賃金額)について

(一)(1) 原告は、被告に対し、平成四年一二月一日から本判決が確定するまでの間の賃金の支払を請求するところ、前判示の事実、証拠(〈証拠略〉)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告に対し、平成四年一二月一日から平成五年一一月三〇日までの間、新社員契約に基づき算定した賃金を支払ったことが認められるのであるから、原告の被告に対する右期間に係る賃金債権は、右弁済により、消滅したものというべきである。

したがって、原告の賃金支払請求中、右期間に係る賃金請求は、理由がない。

(2) 新社員契約においては、原告の給与は、就労した時間に応じて算定する時間給と約定されていたことは、前判示のとおりであるから、原告が現実に就労をしない場合には、それが、被告の責に帰すべき事由によるとき(民法五三六条二項)以外、原告は、被告に対し、賃金の支払を請求することができないものというべきである。

そして、原告は、平成五年一二月一日から平成六年一月四日までの間、前記の疾病により就労不能の状態にあったことは、前判示のとおりであり、右期間の不就労については、被告の責に帰すべき事由によるものとは認められないのであるから、原告は、被告に対し、右期間の賃金の支払を請求することはできない。

(3) 原告は、平成六年一月五日、前記の疾病から、就労可能な状態にまで回復し、被告に対し、就労を求めたのに対し、被告は、本件雇止めにより、新社員契約が消滅したと主張して、就労させることを拒否したこと、本件雇止めが無効であり、新社員契約が消滅したとは認められないことは、前判示のとおりであるので、同日以後の原告の不就労は、被告の責に帰すべき事由によるものというべきであり、原告は、不就労を理由に右期間の賃金債権を失うものではない(民法五三六条二項)。

以上によれば、原告は、被告に対し、新社員契約に基づき平成六年一月五日以降の賃金の支払を請求することができると解すべきところ、新社員契約に基づき原(ママ)告が被(ママ)告に対して支払った平均賃金額が、月九万九三四一円であることは当事者間に争いがない。

したがって、原告は、被告に対し、新社員契約に基づき平成六年一月五日から本判決が確定するまでの間、毎月二五日限り月九万九三四一円の割合による賃金の支払を請求することができるものというべきである。

三  結語

したがって、原告の主位的請求は、理由がないので、いずれも棄却し、予備的請求は、主文の限度で理由があるので、これを認容し、その余を棄却する。

(裁判長裁判官 松山恒昭 裁判官大竹たかし、同髙木陽一は、転補につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官 松山恒昭)

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